昇進はそんなに喜ばしいことなのか?メリットとデメリットを正直に考えてみた
「昇進、おめでとう」と言われたとき、素直に喜べなかった経験はありませんか。
周りはお祝いムードなのに、自分の中にあるのは高揚感よりも重さのようなもの。「これで本当によかったのか」と思いながらも、そんな気持ちを口に出せずにいる。
この記事は、そんなふうに感じたことのある人のために書きました。
昇進を「おめでとう」で片づけるのではなく、メリットとデメリットを正直に見つめ直してみたいと思います。昇進した人も、これから昇進を前にしている人も、「自分にとって昇進とはどういうことか」を考えるきっかけになれば幸いです。
昇進のポジティブな面
収入と経済的安定
昇進に伴う給与の増加は、多くの人にとって生活の選択肢を広げます。住宅ローン、教育費、老後の備えなど、収入の増加が具体的な安心感につながる場面は少なくありません。
また、職位が上がることで退職金の計算基準が変わる会社も多く、長期的な経済的基盤という意味でも意義があります。
影響力と裁量の拡大
昇進することで、チームの方向性や仕事の進め方に自分の意見を反映しやすくなります。「上からやれと言われたことをやるだけ」という感覚から抜け出し、自分が信じる方法で仕事を進められる場面が増えることは、やりがいの源になります。
成長機会とキャリアの広がり
管理職としての経験は、マネジメントスキル、コンフリクト対処、組織への理解など、個人業務では得にくい力を育てます。これは転職市場でも評価されやすく、長いキャリアを考えると一定の資産になります。
社会的な承認
昇進によって、組織から「あなたを信頼している」というメッセージを受け取ることができます。自分の努力や実績が認められたという感覚は、自己評価にポジティブな影響を与えることがあります。
昇進のネガティブな面:見えにくいコスト
責任と業務量の非対称な増加
昇進によって増えるのは「やりがい」だけではありません。多くの場合、業務量と責任は給与の増加をはるかに上回るスピードで増えます。
部下のミスへの対応、数字のプレッシャー、上と下の板挟み。これらはすべて、昇進した人が新たに引き受ける負荷です。
管理職ストレスと健康リスク
管理職のストレスについては、国内外の調査で一貫して高い傾向が示されています。部下のマネジメント、上からの要求、業績責任、という三方向からのプレッシャーが重なることで、心身への負荷が大きくなりやすいのです。
燃え尽き症候群(バーンアウト)の研究者クリスティーナ・マスラックは、燃え尽きが起きやすい環境として「仕事量の過多」「コントロールの欠如」「報酬の不均衡」を挙げています※1。管理職という立場は、この3つをまとめて引き受けやすい構造になっていると言えます。
人間関係の変化
昇進前に仲良くしていた同僚との距離が、昇進後に変わることがあります。「評価する側」に立つことで、友好的な関係が「管理する・される」という関係に変わっていく。これは昇進した多くの人が戸惑う変化のひとつです。
「昇進うつ」という現象
昇進直後に気分が落ち込んだり、体調を崩したりする現象は、「昇進うつ」として知られています。期待と現実のギャップ、急激な環境変化、「喜ばなければならない」というプレッシャーが重なることで、精神的な不調が表れやすくなります※2。
「おめでとう」と言われながらしんどい、というのは、決してその人が弱いからではありません。
科学が示す「昇進とウェルビーイング」の関係
「昇進すれば幸せになれる」という感覚は、実際のところどうなのでしょうか。
研究によると、昇進に伴う主観的なウェルビーイングの向上は、一時的であることが多いとされています。収入が増えても、その効果は時間の経過とともに薄れ、新しい基準に慣れてしまうという「適応」が起きます。これは「快楽適応(ヘドニック・アダプテーション)」と呼ばれる現象です※3。
「昇進=より幸せになる」という等式は、思ったほど成立しないかもしれない。それが科学的なデータが示す現実です。
ただ、これは「昇進をするな」ということではありません。昇進そのものより、「その昇進が自分にとって何を意味するか」の方が、ウェルビーイングに大きく影響するということです。
昇進が「自分に合っているか」を考える視点
「昇進したい」のは誰のためか
「昇進すべきだ」という感覚は、自分の中から来ているものですか。それとも、親、配偶者、会社の文化、社会的な「そうあるべき」という空気から来ているものですか。
「このままでいいのか」という不安の正体を探っていくと、多くの場合そこには「他者の期待に応えなければならない」という感覚が潜んでいます。
何を得て、何を手放すのか
昇進は得るだけではありません。今の自分が大切にしているもの(家族との時間、個人としての仕事、心の余裕など)を手放すことにもなりえます。「得られるもの」と「手放すもの」を並べて、それでも昇進したいと感じるかどうか。この問いに答えるには、自分の価値観を整理することが先に来ます。
「昇進しない選択」もあっていい
日本の職場では、昇進を断ることへのハードルがまだ高い組織も多くあります。しかし、「昇進しない」という選択は逃げではありません。働く意味を問い直すなかで、管理職以外のキャリアパスに価値を見出す人も少なくありません。
今日からできる小さな一歩
紙(またはスマートフォンのメモ)に、以下の2つを書き出してみてください。
「この昇進で得たいもの、もしくはすでに得ているもの」
「この昇進で手放したもの、もしくは手放すことになりそうなもの」
箇条書きで構いません。うまく書けなくてもいい。書いている途中で、自分が本当に感じていることが少しずつ見えてくることがあります。
昇進を手放しに喜べない気持ちは、弱さではなく、自分の価値観を守ろうとしているサインかもしれません。
まとめ
昇進には、収入の増加や裁量の拡大、成長の機会といったポジティブな面があります。一方で、責任と業務量の増加、管理職ストレス、人間関係の変化というネガティブな面も現実として存在します。
科学的な研究は、昇進が必ずしも中長期的なウェルビーイングを高めないことを示しています。大切なのは「昇進すること」よりも、「その昇進が自分の価値観と一致しているか」という問いかけです。
「昇進おめでとう」という言葉の裏で、複雑な気持ちを抱えているとしたら、それはむしろ、自分の人生を真剣に考えている証拠ではないでしょうか。
昇進を喜ぶことも、疑うことも、どちらも正直な反応です。あなたにとっての正解は、あなた自身の中にあります。
参考文献
※1 Maslach C, Leiter MP. “Burnout.” Stress: Concepts, Cognition, Emotion, and Behavior. 2016.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18457483/
管理職を含む職場環境において、仕事量・コントロール・報酬の不均衡がバーンアウトを引き起こす主要因であることを示した研究。
※2 Netterstrøm B, et al. “The Relation between Work-related Psychosocial Factors and the Development of Depression.” Epidemiol Rev. 2008.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18582201/
職場でのプレッシャーや役割変化が、うつ病発症リスクに関連することを示した系統的レビュー。
※3 Lyubomirsky S, et al. “The benefits of frequent positive affect.” Psychol Bull. 2005.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16351327/
快楽適応(ヘドニック・アダプテーション)が環境変化後の幸福感に与える影響を解説した研究。
※4 Clark AE, et al. “Relative income, happiness and utility.” J Econ Lit. 2008.
収入・地位の上昇が幸福感に与える影響の一時性と、社会比較の役割を分析した経済学研究。(NCBI未収載)
※5 佐々木常夫「そうか、君は課長になったのか。」WAVE出版、2013年。ISBN:978-4872906165
課長という管理職への昇進を前にした人に向け、心構えと役割の変化をわかりやすく解説した実践的な一冊。
※6 佐々木常夫「9割の中間管理職はもういらない」宝島社、2020年。ISBN:978-4299011169
組織における中間管理職の役割が時代の変化とともに問い直されていることを示し、管理職のあり方を再考させる一冊。
※7 安藤広大「リーダーの仮面」ダイヤモンド社、2020年。ISBN:978-4478110515
感情ではなくルールと数字で判断するという管理職の姿勢を説き、リーダーシップの本質を実践的に解説した一冊。


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