毎回、ゼロから手探りで進める。同じトラブルが、何度も繰り返される。誰かが辞めると、その人しか知らない仕事が宙に浮く。マニュアルもルールもなく、すべてが個人の記憶と頑張りで回っている。そんな職場で働いていると、じわじわと消耗していきます。
やっかいなのは、そこに「悪い人」がいるとは限らないことです。上司も同僚も、悪意があるわけではない。それなのに、なぜか疲れる。「これだけ疲れるのは、自分の要領が悪いからだろうか」と、自分を責めてしまう人も少なくありません。
この記事は、「仕組みのない職場での働き方」を扱うシリーズの最初の1本です。最初にお伝えしたい結論は、こうです。仕組みのない職場で消耗するのは、あなたの要領や頑張りの問題ではなく、本来「仕組み」が担うべき負荷を、個人が肩代わりさせられているからです。まずは、その構造を見ていきましょう。
「悪い人はいないのに、なぜか疲れる」職場がある
職場の消耗というと、ハラスメントや人間関係のトラブルを思い浮かべるかもしれません。けれど、消耗の原因は、それだけではありません。
仕事の進め方が標準化されていない。誰が何をやるのかが曖昧。判断のたびに人に確認しないと進まない。問題が起きても、原因を仕組みで直さず、その場の頑張りで乗り切る。こうした「仕組みの不在」そのものが、静かに人をすり減らしていきます。
しかも、この職場には、はっきりした加害者がいません。だから問題が可視化されにくく、「疲れるのは自分のせいかも」と、個人が抱え込みやすいのです。まず、この構造を「悪意の問題」ではなく「仕組みの問題」として切り分けることが、出発点になります。環境の側に原因があるかどうかを見抜く視点はその職場、おかしくないですか|あなたを壊す環境の見抜き方も参考になります。
仕組みがないと、本来やらなくていい仕事が個人に降ってくる
仕組みがない職場では、本来は仕組みが処理するはずの仕事が、そのまま個人に降りかかります。
たとえば、決まった手順があれば誰でもできるはずの作業を、毎回その場で判断する。ルールがあれば起きないはずのトラブルの後始末に追われる。引き継ぎの仕組みがないせいで、辞めた人の分まで背負わされる。こうした「本来やらなくてもいいはずの仕事」は、研究の世界では不当なタスクと呼ばれ、働く人の消耗や燃え尽きを強く引き起こすことが示されています(※1)。
つまり、あなたが抱えている仕事の一部は、あなたの役割だから発生しているのではなく、仕組みがないから発生しているのかもしれません。この二つを区別できると、「なぜ自分ばかりこんなに雑事に追われるのか」という問いに、別の答えが見えてきます。
役割が曖昧になり、活力が奪われる
仕組みのない職場のもう一つの特徴が、役割の曖昧さです。誰が何を担当するのか、どこまでが自分の責任なのかが、はっきりしません。
一見、自由に見えるこの状態は、実は大きな負担を生みます。研究では、自分の役割が明確であることが、仕事における活力を支える一方、役割が曖昧だったり衝突していたりすると、自律性や有能感が損なわれ、活力が下がることが示されています(※2)。「何をどこまでやればいいのか分からない」という状態は、それ自体が、静かにエネルギーを奪っていくのです。
さらに、境界が曖昧な職場では、声の大きい人や気が回る人のところに、際限なく仕事が集まりがちです。まじめで責任感のある人ほど、「自分がやらなければ」と引き受け、気づけば仕組みの穴を、一人で埋め続けることになります。
個人の頑張りには、限界がある
「仕組みがないなら、自分が頑張って埋めればいい」。そう考えて、走り続けている人もいるかもしれません。けれど、そこには落とし穴があります。
人が自分をコントロールし、判断し、踏ん張る力は、有限の資源であることが研究で示されています(※3)。仕組みが担うべき負荷を、個人の頑張りで肩代わりし続ければ、その資源はいずれ尽きます。そして、働く人の消耗は、仕事量の多さや、正当に扱われていない感覚など、複数の負荷が重なったときに深まっていくこともわかっています(※4)。仕組みの不在は、まさにこの負荷を、静かに積み増していきます。
だからこそ、大切なのは「もっと頑張って埋める」ことではありません。「これは、個人の頑張りで埋めるべき穴なのか、それとも仕組みが埋めるべき穴なのか」を見分けることです。仕組みが埋めるべき穴を、あなた一人が背負い続ける必要は、ないのです。この構造は優しい人が搾取される職場の構造|境界線が削られる理由やなぜ燃え尽きるのか|バーンアウトを引き起こす職場と心理の構造とも重なります。
今日からできる小さな一歩
今日試してほしいのは、最近「疲れた」と感じた仕事を一つ思い出して、それがどこから来た負荷なのかを、仕分けてみることです。
その仕事は、あなたの役割そのものだったでしょうか。それとも、手順やルールがあれば発生しなかった、「仕組みの穴を埋める」仕事だったでしょうか。紙に書き出して、「役割」か「仕組みの穴」かのラベルを貼ってみてください。
多くの場合、「仕組みの穴」に分類される仕事が、思ったより多いことに気づくはずです。それが見えると、「自分の要領が悪い」という自己評価が、「仕組みがない環境で、よくこれだけ回している」という、より正確な見方に変わっていきます。今日は、その仕分けをしてみるだけで十分です。
まとめ
仕組みのない職場で消耗するのは、あなたの要領や頑張りが足りないからではありません。標準化も、役割の明確さも、引き継ぎの仕組みもない環境では、本来やらなくていい「不当なタスク」が個人に降りかかり、役割の曖昧さが活力を奪い、仕組みの穴を個人の有限な資源で埋め続けることになります。
そこに、はっきりした加害者はいません。だからこそ、消耗を「悪意の問題」ではなく「仕組みの問題」として切り分けることが、自分を守る第一歩になります。あなたが疲れているのは、この環境で、それでも仕事を回しているからです。
次の記事では、そんな仕組みのない職場で、自分をすり減らさずに働くための、具体的な方法を見ていきます。
参考文献
※1: Ouyang C, Zhu Y, Ma Z, Qian X. Why Employees Experience Burnout: An Explanation of Illegitimate Tasks. Int J Environ Res Public Health. 2022. PMID: 35897289
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35897289/
本来その人の役割ではない「不当なタスク」が、働く人の消耗や燃え尽きを引き起こすことを示した研究。
※2: Karkkola P, Kuittinen M, Hintsa T. Role clarity, role conflict, and vitality at work: The role of the basic needs. Scand J Psychol. 2019. PMID: 31124156
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31124156/
自分の役割が明確であることが仕事の活力を支え、役割が曖昧だと自律性や有能感が損なわれて活力が下がることを示した研究。
※3: Baumeister RF, Bratslavsky E, Muraven M, Tice DM. Ego depletion: is the active self a limited resource? J Pers Soc Psychol. 1998. PMID: 9599441
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9599441/
自分をコントロールし判断し踏ん張る力が、共通の限られた資源であり、使い続ければ枯渇することを示した研究。
※4: Maslach C, Leiter MP. Understanding the burnout experience: recent research and its implications for psychiatry. World Psychiatry. 2016. PMID: 27265691
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27265691/
働く人の消耗が、仕事量の多さや不公正感など、複数の負荷が重なったときに深まっていくことを整理した論文。


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