プロジェクトが終わり、チームの中で自分の役割を果たした、その達成感の余韻がまだあるうちに、異動の辞令が降ってきました。
新しい職場は、全く違う環境でした。まわりの状況を把握するだけで精一杯。いつの間にか、自分がその場で”火中のクリ”のような扱いを受けているように感じ、孤立感を覚えるようになりました。
それでも、「良い面を見ていこう」と自分に言い聞かせながら、少しずつ前を向いてきました。
この記事では、そんな体験から気づいた「キャリアの再設計」3ステップをお伝えします。出向が辛い方、環境が急変して戸惑っている方に、少しでも届けば幸いです。
出向が辛い理由は、あなたのせいじゃない
出向が辛く感じるのは、弱さではありません。
組織変化がもたらすストレスの研究によれば、変化の「頻度」「影響の大きさ」「計画性のなさ」が重なるほど、当事者の心理的負担は大きくなるとされています(※1)。突然の辞令は、この3つが同時に降りかかる出来事です。
また、望んでいない環境変化は、自発的な変化とは全く異なる心理的影響をもたらすことも示されています(※2)。「なぜ自分が?」という納得できない気持ちが重なるのは、当然の反応です。
まず、その辛さを否定しないでください。
辛いと感じている自分を責めるよりも、「なぜ辛いのかを整理すること」が、次の一歩への入口になります。
キャリア再設計の3ステップ
ステップ① 「今の環境」と「理想の状態」を切り離して考える
出向直後は、「今の状況=これからの自分のすべて」のように感じやすくなります。
組織変化の研究では、変化を「脅威」として捉えるか「課題」として捉えるかで、その後の適応に大きな差が生まれることが示されています(※3)。出向直後は「脅威」として捉えやすい状況ですが、少しずつ視点を変えることが回復の鍵になります。
まず、「今の職場でどんなことが辛いか」を書き出し、それと同時に「本来、自分がどんな仕事や環境を大切にしていたか」を思い返してみてください。
この2つを切り離すだけで、「自分が消えたわけではない」という感覚が戻りやすくなります。
ステップ② 「小さな実績」を意識して積み上げる
新しい環境では、前の職場での実績が白紙に戻ったように感じることがあります。
自己効力感(「自分にはできる」という感覚)の研究では、この感覚が職場ストレスを緩和する重要な保護要因であることが示されています(※4)。逆に言えば、自己効力感が低下している状態では、ストレスをより強く感じやすくなります。
だからこそ、小さなことで構わないので「今の職場でできたこと」を意識して記録していくことをお勧めします。誰かに感謝された。資料をうまくまとめられた。ひとつの業務を覚えた。小さなことで十分です。
新しい環境での「小さな実績」が積み重なることで、自己効力感が少しずつ回復していきます。
ステップ③ キャリアの「判断軸」を自分で持ち直す
出向という経験を経て、多くの人が「会社の評価で自分を測ること」の不安定さに気づきます。
楽観性・希望・自己効力感・レジリエンスといった「心理的資本」が高い人ほど、環境変化に対して適応的なコーピング戦略を取れることが研究で示されています(※5)。これらは生まれ持った資質ではなく、意識的に育てられるものです。
「自分はどんな仕事をしたいのか」「どんなスキルを磨きたいのか」「どんな環境で力を発揮できるのか」という自分自身の判断軸を持ち直すこと。これが、心理的資本を回復させる最初の実践です。
転職を勧めているわけではありません。今の職場にいながらでも、自分の軸を持つことで、受け身ではなく「選んで働いている」という感覚を取り戻せます。
今日からできる小さな一歩
「今の職場で、自分がうまくできたこと・感謝されたこと」を1つでも書き出してみるのも良い案です。
思い浮かばなければ、「今日、自分がちゃんとやったこと」でも構いません。
職場環境が変化した人を対象にした研究では、自分の体験を言語化する「表現的作文」が、バーンアウトの軽減と心理的適応の促進に有効であることが示されています(※6)。書くことは、整理であり、回復の手段でもあります。
辛い環境の中でも、自分の動きを自分で認める練習を、今日から始めてみてください。
まとめ
この記事では、望まぬ出向の辛さを乗り越えるための「キャリア再設計3ステップ」を整理しました。
- ステップ①:今の環境と自分の理想を切り離して考える
- ステップ②:新しい環境での小さな実績を意識して積み上げる
- ステップ③:会社任せではなく、自分のキャリアの判断軸を持ち直す
出向が辛い今も、あなたのキャリアはあなたのものです。焦らず、少しずつ、自分の軸を取り戻していきましょう。
次の記事では、「静かな退職か転職か」という問いと、キャリアを会社に委ねるのをやめた先に見えてきたことをお伝えします。
参考文献
学術論文
※1 Rafferty AE, Griffin MA. “Perceptions of organizational change: a stress and coping perspective.” Journal of Applied Psychology, 2006.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16953776/
組織変化の「頻度・影響の大きさ・計画性のなさ」が従業員の心理的負担を高めることを、ストレス・コーピングモデルで実証した研究。
※2 Heller T. “The effects of involuntary residential relocation: a review.” American Journal of Community Psychology, 1982.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7137133/
非自発的な転居・転勤が、自発的な移動とは異なる身体的・心理的ストレスをもたらすことを示したレビュー研究。
※3 Kern M, Zapf D. “Ready for change? A longitudinal examination of challenge stressors in the context of organizational change.” Journal of Occupational Health Psychology, 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33705194/
組織変化時のストレスを「脅威」と「課題」のどちらで捉えるかが、その後の適応に大きな差をもたらすことを縦断研究で示した論文。
※4 Yao Y, et al. “General self-efficacy and the effect of hospital workplace violence on doctors’ stress and job satisfaction in China.” International Journal of Occupational Medicine and Environmental Health, 2014.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24820029/
自己効力感が高いほど職場ストレスの心理的影響が緩和されることを実証した研究で、自己効力感が保護要因として機能することを示す。
※5 Rabenu E, Yaniv E. “Psychological Resources and Strategies to Cope with Stress at Work.” International Journal of Psychological Research, 2017.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7110156/
楽観性・希望・自己効力感・レジリエンスからなる「心理的資本」が、職場ストレスへの適応的コーピングを促進することを示した研究。
※6 Tarquini M, Di Trani M, Solano L. “Effects of an expressive writing intervention on a group of public employees subjected to work relocation.” Work, 2016.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26890599/
職場転置を経験した公務員に対する「表現的作文」介入が、バーンアウトの軽減と心理的適応の促進に有効であることを実証した研究。
調査・統計
※7 労働政策研究・研修機構(JILPT)「企業の転勤の実態に関する調査」調査シリーズNo.174
https://www.jil.go.jp/institute/research/2017/174.html
複数回の転勤が結婚・育児・介護など生活計画に与える支障と、個人のキャリア選択と組織方針のズレを調査した国内大規模調査。
※8 厚生労働省「こころの耳」職場のメンタルヘルス統計
https://kokoro.mhlw.go.jp/statistics/
労働者の約8割が職場で強いストレスを感じていることを示す、厚生労働省の定期公表統計。
参考書籍
- 工藤紀子『レジリエンスが身につく自己効力感の教科書』総合法令出版、2024年(自己効力感とレジリエンスの関連性を実践的に解説した書籍)
- 小塩真司・平野真理・上野雄己編著『レジリエンスの心理学』金子書房、2021年(レジリエンスの理論から臨床・日常場面への応用までを多面的に論じた研究書)


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