相手が悪いわけでも、自分が弱いわけでもないのに、なぜか同じような疲れ方を繰り返してしまう。そんな感覚を持つ人は、決して少なくありません。
人間関係の疲れは、多くの場合、相性や運の問題ではありません。無意識に持っている「自分と相手への評価の枠組み」から生まれています。
その枠組みに名前をつけたのが、心理学の「交流分析」です。交流分析では、人が無意識に持つ人間関係のパターンを、「OK/NOT OK」という4つの組み合わせで整理します。
この記事では、その4つのパターンを紹介しながら、「なぜ自分はこんなに人間関係で疲れるのか」を読み解くヒントをお伝えします。
「また人間関係で疲れてしまった」という感覚の正体
人間関係の疲れを感じるとき、多くの人は「自分の気持ちの持ち方が悪い」か「相手が問題だ」という、どちらかの方向で考えようとします。
でも、どちらの答えを出しても、なぜか同じ疲れが繰り返されてしまう。そういう経験を持つ人は多いのではないでしょうか。
実は、人間関係の疲れが繰り返される理由の多くは、「相手が問題かどうか」ではなく、「自分が人間関係の中でどういう立ち位置をとっているか」にあります。
臨床心理の研究では、交流分析をベースにしたアプローチが、対人関係の問題を抱える人に対して継続的な改善効果をもたらすことが示されています(※1)。そして、その効果の土台にあるのが、「自分はどんな枠組みで相手を見ているか」に気づくことです(※2)。
疲れを繰り返す人は、意地悪でも弱くもありません。ただ、気づかないまま、ある「パターン」のなかで動き続けているだけなのです。
「OK/NOT OK」とは何か|交流分析が教える4つの人生態度
「OK/NOT OK」は、精神科医エリック・バーンが創始した「交流分析」の中核概念の一つです。心理士のトーマス・ハリスが著書『I’m OK, You’re OK』(※7)でこれを広め、世界的に知られるようになりました。
「OK」とは、「価値がある・信頼できる・受け入れられる」という感覚です。「NOT OK」とは、その逆です。
交流分析では、人が無意識のうちに「自分はOKか?」「相手はOKか?」という二つの問いに答えながら関係を築いていると考えます。その答えの組み合わせで、4つのパターンが生まれます(※6)。
「私はNOT OK/あなたはOK」
自分には価値がなく、相手のほうが正しいという感覚から動いているパターンです。「自分さえ我慢すれば」「相手に合わせなければ」という言葉が頭の中に浮かびやすい。
「私はOK/あなたはNOT OK」
自分は正しく、相手が問題だという感覚から動いているパターンです。「どうしてあなたはわかってくれないの」「あなたが変われば解決するのに」という思いが湧きやすい。
「私はNOT OK/あなたもNOT OK」
自分も相手も信頼できず、関係そのものに希望を持てないパターンです。「どうせ誰もわかってくれない」「この関係も長続きしない」という諦めが先に来る。
「私はOK/あなたもOK」
自分にも相手にも価値があるという感覚から動いているパターンです。意見が違っても対等に話し合える。これが交流分析のいう、もっとも健全な関係の土台です。
「知ってる概念だ」と思った方に、少し立ち止まっていただきたいのです。
「I’m OK, You’re OK」という言葉を聞いたことがある人は多いですが、「自分が今どのパターンにいるか」を考えたことがある人は、意外と少ない。そしてパターンは一つではなく、相手によって、場面によって、使い分けていることも珍しくないのです。
4つのパターン、あなたはどれに近い?
「自分には当てはまらない」と感じた方も、少し読み進めてみてください。パターンは性格ではなく、「特定の相手・特定の場面で出やすいくせ」だからです。
「私はNOT OK/あなたはOK」型の疲れ方
この型の人は、人間関係の中でこんな疲れ方をしやすい傾向があります。
「相手の顔色ばかり読んで、自分が何を感じているかわからなくなる」「断ることができず、頼まれると引き受けてしまう」「気を遣いすぎて、帰宅すると何もできないくらい消耗する」。
相手を大切にしたいという気持ちは本物です。ただ、自分を犠牲にすることがそのまま「いい関係」だと思い込んでいると、じわじわと疲弊していきます。
「優しい人が搾取されやすい職場の構造」についても、このパターンと深く関わっています。消耗させる人との関係に悩む方はこちらの記事もご参照ください。
「私はOK/あなたはNOT OK」型の疲れ方
この型は、他者を傷つける「悪い人」のパターンだと思われがちですが、実はそんなに単純ではありません。
「なぜ相手はいつもこうなんだろう」という不満を抱えながら、関係を続けている人も多い。正しさを求めるほど、相手との摩擦が増えていき、それがまた疲れになる。このパターンの人は、「怒りがなかなか収まらない」「謝っても納得できない」という疲れ方をしやすい傾向があります。
「私もNOT OK/あなたもNOT OK」型の疲れ方
「どうせうまくいかない」という前提で関係を見ているパターンです。
新しい人間関係が始まっても、「またどうせ」という気持ちがよぎる。努力しても報われなかった経験が積み重なって、関係を始めること自体が怖くなっている。
この状態は、学習性無力感と呼ばれる心理状態とも重なります。「どうせ無駄」という感覚の背景にある神経科学的なメカニズムはこちらで詳しく解説しています。
「私もOK/あなたもOK」型の関係
これは、お互いを対等に見られている状態です。意見が違っても話し合える。相手に合わせすぎず、かといって自分の正しさを押しつけもしない。
大切なのは、「このパターンで常にいなければならない」という話ではない、ということです。疲れているとき、傷ついているとき、人は誰でも他のパターンに引っ張られます。それは人間として自然なことです。
なぜそのパターンが「くせ」になるのか
4つのパターンのうち、自分が出やすいものに気づいた方は、「なぜそうなってしまったのか」が気になるかもしれません。
交流分析では、このパターンは「ストローク」と呼ばれる承認の経験と深く結びついていると考えます。ストロークとは、「あなたはここにいていい」と伝えるサイン(言葉、表情、態度)のことです。
組織研究者の太田肇は、日本社会において承認(ストローク)が構造的に不足しやすいことを指摘しています(※3)。「頑張ったね」ではなく「当たり前」、「あなたらしくて良い」ではなく「みんなと合わせて」という文化の中では、自分への「OK感」が育ちにくい。
その「OK感」の不足が、知らないうちに特定のパターンを強化していきます。
職場でそのパターンが発動しやすい状況については、こちらの記事もご参照ください。
ストロークの欠乏がなぜ「また同じことが起きている」という繰り返しにつながるのか。その仕組みはシリーズ第2回(#220)で詳しく扱います。
今日からできる小さな一歩
このパターンを変えるために、何か大きなことをする必要はありません。今日できることはひとつだけです。
「今の自分は、どのパターンにいるだろう?」と、名前をつけてみる。
これだけです。
心理学では、自分の状態に名前をつけること(ラベリング)が、感情の調節につながることが知られています。「しんどい」という混乱した感覚が、「今の自分はNOT OK/OKパターンにいるな」と整理されるだけで、少し落ち着ける。
諸富祥彦は、承認欲求に振り回されることからの解放について、「欲求そのものと向き合う前に、まず自分が何を求めているかに気づくこと」を出発点として示しています(※4)。パターンに名前をつけることは、まさにその第一歩です。
松村亜里は、うまくいかない人間関係の多くが「どろどろトライアングル」と呼ばれるパターンに収まっており、それに気づくことが関係を変える起点になると述べています(※5)。
「自分が今どこにいるか」を知ること。それが、疲れを繰り返すループから外れるための、最初の足がかりになります。
まとめ
この記事では、交流分析の「OK/NOT OK」という4つのパターンを通じて、人間関係の疲れを読み解いてきました。
4つのパターンをあらためて整理しておきます。
- 「私はNOT OK/あなたはOK」は、自分を犠牲にすることで関係を保とうとする疲れ方です。
- 「私はOK/あなたはNOT OK」は、相手への不満を抱えながら正しさを求め続ける疲れ方です。
- 「私もNOT OK/あなたもNOT OK」は、関係そのものへの希望を失った諦めの状態です。
- そして、「私もOK/あなたもOK」が、対等で持続できる関係の土台になります。
大切なのは、どのパターンが「悪い」かではなく、「自分が今どこにいるか」に気づくことです。
パターンはくせですから、気づかないままでいると繰り返されます。でも、名前をつけて認識できれば、少しずつ動かせるようになります。
次の記事では、「なぜ同じパターンが繰り返されるのか」のメカニズムとして、承認の欠乏(ストローク不足)と心理的ゲームの仕組みを詳しく解説します。
参考文献
※1 Widdowson MD. TA treatment of depression: A hermeneutic single-case efficacy design study, “Patrick”. International Journal of Transactional Analysis Research. 2012;3(1):3-24. PMID: 22474591。交流分析を用いた心理療法が抑うつ症状の改善に効果をもたらすことを、単一事例効果量デザインで示した研究。
※2 Novey TB. Measuring the effectiveness of transactional analysis: An international study. Transactional Analysis Journal. 2002;32(1):8-24. PMID: 12216345。交流分析の効果を国際的に測定した研究で、自己認識と対人関係の改善に有意な効果があることを示している。
※3 太田肇「日本人の承認欲求―テレワークがさらした深層―」新潮新書、2022年。日本社会における承認(ストローク)の構造的欠乏と、それが個人の心理に与える影響を組織研究の視点から論じた一冊。
※4 諸富祥彦「”承認欲求”、捨ててみた」青春出版社、2022年。承認欲求に振り回される状態から解放されるための実践的ステップを、臨床心理士の視点から提示している。
※5 松村亜里「うまくいかない人間関係逆転の法則」すばる舎、2024年。繰り返される人間関係のこじれを「どろどろトライアングル」から「幸せトライアングル」へ反転させる方法を、ポジティブ心理学の知見をもとに解説している。
※6 Berne E. Games People Play: The Psychology of Human Relationships. Grove Press, 1964. ISBN: 978-0-345-41003-0。交流分析の創始者エリック・バーンが、人間関係の中で無意識に繰り返される「心理的ゲーム」のパターンを体系的に記述した原典。
※7 Harris T. I’m OK, You’re OK. Harper & Row, 1967. ISBN: 978-0-06-072427-6。交流分析の「4つの人生態度(OK/NOT OK)」を一般向けにわかりやすく解説し、世界的なベストセラーとなった書籍。自己と他者への基本的な評価枠組みを理解するための出発点。


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