「常識に囚われる」というテーマで、ここまで記事を重ねてきました。常識とは絶対の正しさではなく多数派の前提であること、なぜ縛られるのか、守る常識と縛る常識の見分け方、そして怒りとの意外な関係。最終回となるこの記事では、いよいよ「常識から自由になる」ための、具体的な考え方を見ていきます。
ただ、「自由になる」と聞くと、身構える人もいるかもしれません。常識を全部捨てて、好き勝手に生きろということか、と。そうではありません。ここで言う自由とは、常識に振り回されるのをやめ、どの前提を残し、どれを手放すかを、自分で選び直せるようになることです。その具体を、一緒に見ていきましょう。
「自由になる」は、常識を全部捨てることではない
まず、はっきりさせておきたいことがあります。常識から自由になるとは、常識をすべて否定して捨て去ることではありません。
これまで見てきたとおり、常識の中には、私たちを守り、社会をなめらかにする役立つものがたくさんあります。それらまで捨ててしまえば、生きづらさはむしろ増します。目指すのは、常識を敵にすることではなく、常識との力関係を逆転させることです。常識に支配されるのではなく、常識をあなたが選んで使う。この立場の入れ替えが、自由の中身です。
つまり、自由とは「常識ゼロ」の状態ではなく、「どの常識に従うかを、自分で決めている」状態のことなのです。
アンラーン:手放して、自分の価値で選び直す
そのために役立つのが、「アンラーン」という考え方です。これは、いったん学んだことを見直し、必要なら手放して、学び直すことを指します。
私たちは長い時間をかけて、たくさんの常識を身につけてきました。その一つひとつを、「これは今の自分にまだ必要か」と点検し、古くなったものや縛るだけのものは、そっと手放す。そして、自分にとって本当に大切な価値に沿って、残すものを選び直す。これがアンラーンです。
大切なのは、選び直しの基準を「みんながどうか」ではなく「自分がどうありたいか」に置くことです。世間の知識や常識を鵜呑みにせず、自分の頭で確かめて考える姿勢が、その土台になります(※4)。そして、自分の意思で選んでいるという感覚そのものが、人の意欲と心の充実を支えます(※1)。誰かに決められた前提で生きるのと、自分で選んだ前提で生きるのとでは、同じ行動でも、心の張りがまるで違ってきます。
「みんな」ではなく「自分はどうしたいか」を軸にする
常識に縛られているとき、私たちの判断の主語は、いつのまにか「みんな」になっています。「普通はこうする」「みんなこうしている」。その主語を、「自分」に戻すこと。それが、自由への具体的な一歩です。
もちろん、これには少しの勇気が要ります。「みんな」から外れることには、これまで見てきたように、不安がつきまといます。それでも、他者の課題と自分の課題を切り分け、自分の人生を自分で選ぶという姿勢が、縛る常識から自由になる助けになります(※5)。
心理学の世界でも、変えられない現実は受け入れつつ、自分が大切にする価値に沿って行動していくことが、心の健康を支えることが示されています(※2)。「みんながどう思うか」に合わせ続けるのをやめ、「自分は何を大切にしたいか」を軸にする。その転換が、常識の重力から、あなたを少しずつ解き放ちます。
完全には自由になれない、でも何度でも選び直せる
最後に、正直なことをお伝えします。私たちは、常識から完全に自由になることは、おそらくできません。
これまで見てきたように、常識に従うことには、脳の省エネや、排除への恐れといった、根深い仕組みが関わっています。だから、いくら意識しても、気づけばまた「普通はこうだから」と流されている自分に気づくはずです。それは失敗ではありません。人として自然なことです。
大切なのは、完璧な自由を目指すことではなく、囚われていることに気づいたら、その都度、選び直せばいいと知っていることです。自分で選び直しているという感覚を持ち続けられること自体が、心を支えます(※3)。一度で自由になるのではなく、何度でも選び直す。その繰り返しの中に、常識との健やかな距離が育っていきます。
今日からできる小さな一歩
今日試してほしいのは、あなたが大切にしたい価値を、一つだけ言葉にしてみることです。
「本当は、どんなふうに生きたいか」「何を大切にしたいか」。壮大でなくて構いません。「もっと穏やかでいたい」「正直でいたい」「人にやさしくありたい」。そんな、素朴な言葉で十分です。
その価値を一つ持っておくと、常識に迷ったときの、羅針盤になります。「普通はこうすべき」と感じたとき、「でも、自分が大切にしたいのはこっちだ」と、立ち返る先ができるのです。常識という他人の地図ではなく、自分の羅針盤で進む。その小さな一歩から、常識に振り回されない生き方が、少しずつ形になっていきます。
まとめ
常識から自由になるとは、常識を全部捨てることではなく、どの常識に従うかを自分で選び直せるようになることです。役立つ常識は使い、縛る常識は手放す。その選び直し(アンラーン)の基準を、「みんな」ではなく「自分はどうありたいか」に置く。それが自由の中身です。
私たちは常識から完全には自由になれません。けれど、囚われに気づくたびに、何度でも選び直すことはできます。その繰り返しが、常識との健やかな距離を育てます。
このシリーズでは、常識の正体から、縛られる仕組み、見分け方、怒りとの関係、そして自由になる道までを見てきました(全体像はあなたの「思考癖」はあなたの強み|思考の歪み総合ガイドや、シリーズのハブ「常識に囚われる」とは何か|常識は常に正しくはないもあわせてどうぞ)。常識は、あなたを裁く物差しではありません。あなたが選んで使う、道具の一つです。その一つの見方の転換が、日々の息苦しさを、静かにほどいていきます。
参考文献
※1: Ryan RM, Deci EL. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. Am Psychol. 2000. PMID: 11392867
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11392867/
自分の意思で選び行動しているという自律性の感覚が、人の意欲と心の充実を支える基本的な要素であることを示した論文。
※2: A-Tjak JGL, Davis ML, Morina N, Powers MB, Smits JAJ, Emmelkamp PMG. A meta-analysis of the efficacy of acceptance and commitment therapy for clinically relevant mental and physical health problems. Psychother Psychosom. 2015. PMID: 25547522
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25547522/
変えられない現実を受け入れつつ、自分の価値に沿って行動することを重んじるアプローチ(ACT)が、心の健康に有効であることを示したメタ分析。
※3: Leotti LA, Iyengar SS, Ochsner KN. Born to choose: the origins and value of the need for control. Trends Cogn Sci. 2010. PMID: 20817592
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20817592/
自分で選び、自分で行動しているという感覚が、結果の良し悪しとは別に人の心の安定を支えることを論じた論文。
※4: ちきりん『自分のアタマで考えよう 知識にだまされない思考の技術』ダイヤモンド社, 2011, ISBN: 9784478017036
世間の知識や常識を鵜呑みにせず、自分の頭で確かめて考えるための具体的な思考の技術を解説した書籍。
※5: 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社, 2013, ISBN: 9784478025819
他者の課題と自分の課題を切り分け、他人の評価や常識に縛られず、自分の人生を自分で選ぶ考え方を示した書籍。


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