「最近、些細なことでイラッとする」「昔はこんなに怒りっぽくなかったのに」。そう感じて、「年のせいかもしれない」と、少し寂しい気持ちになったことはないでしょうか。
この記事は、「常識に囚われる」シリーズの応用編です。前回までで、常識とは絶対の正しさではなく、多数派の前提にすぎないこと、そして役立つ常識と縛る常識があることを見てきました。今回はその視点を、「怒り」に当てはめてみます。
最初にお伝えしたい見方はこうです。最近怒りやすくなったのは、単純に老化のせいだけとは限りません。長い年月をかけて、あなたの中に「こうあるべき」という常識が積み重なり、固くなった。その固い常識に現実がぶつかるから、怒りが生まれやすくなっている。そういう面が、あるかもしれないのです。
なお、怒りやすさには体調やホルモンなど身体的な要因が関わることもあり、日常生活に支障が出るほど強い場合は、医療機関など専門家に相談することをおすすめします。この記事は医療的な助言ではなく、怒りとの付き合い方を考えるための一つの見方としてお読みください。
「年をとると怒りっぽくなる」は、本当か
まず、よくある思い込みを一つ、見直してみましょう。「年をとると、人は怒りっぽくなる」というものです。
意外かもしれませんが、研究では、むしろ逆の傾向も示されています。年齢を重ねた人は、若い人に比べてネガティブな出来事への反応が穏やかになり、より肯定的な情報に目を向けやすくなる傾向があるのです(※1)。これは「ポジティビティ効果」と呼ばれます。つまり、「加齢イコール怒りっぽくなる」は、必ずしも事実ではありません。
もちろん、加齢に伴う身体的な変化が、感情に影響することはあります。それを全部否定するつもりはありません。けれど、「怒りやすくなったのは、もう年だから仕方ない」と、すべてを老化のせいにして諦めてしまうのは、少し早すぎるかもしれません。老化以外の要因に、目を向ける余地があります。
怒りは、「こうあるべき」が破られたときに生まれる
では、怒りはどこから生まれるのでしょうか。研究では、怒りは、ある特定の「受け止め方」から生じることが示されています。それは、「相手のせいだ」「これは不当だ」「本来こうあるべきなのに、そうなっていない」という評価です(※2)。
言い換えれば、怒りの多くは、「こうあるべき」という前提と、目の前の現実とのギャップから生まれます。時間を守るべき、こう振る舞うべき、これくらい察するべき。そうした「べき」が破られたとき、私たちは怒りを感じます。
ここで大切なのは、その「べき」の正体です。それは多くの場合、前回まで見てきた「常識」です。つまり怒りは、あなたの中の常識が現実に裏切られたときの、反応なのです。だとすれば、怒りっぽさの一部は、性格や年齢の問題ではなく、握りしめている常識の問題だと捉え直すことができます。
年を重ねると、「常識」が増えて固まる
ではなぜ、年を重ねると怒りやすく「感じる」ことがあるのでしょうか。一つの説明は、経験を積むほど、「こうあるべき」という自分なりの常識が増え、そして固まっていくからです。
長く生きるほど、私たちは多くのやり方を学び、「これが正しい」「普通はこうする」という前提を、たくさん蓄えていきます。それ自体は、経験の知恵でもあります。けれど、その前提が固くなりすぎると、そこから外れる出来事に出会う頻度も増えていきます。若い頃には気にならなかったことが、「常識外れだ」と引っかかるようになる。
すると、現実が自分の常識に反する場面が増え、そのたびに怒りが生まれやすくなります。怒りっぽくなったように感じるのは、脳が衰えたからというより、常識という物差しが増えて、固くなったからかもしれないのです。
怒りが減るのは、常識をゆるめたとき
だとすれば、怒りを減らす道も見えてきます。「べき」を、少しゆるめることです。
研究では、状況に応じて考え方を柔軟に切り替えられる人ほど、心が安定しやすいことが示されています(※3)。「こうあるべき」を「こうだといいけれど、そうでないこともある」に置き換えるだけで、現実とのぶつかりは小さくなります。前回の記事で見た、「縛る常識」を見分けて手放す作業が、そのまま怒りを和らげることにつながります。
たとえば、「その場の空気に合わせるべき」という常識にとらわれていると、そうしない人に苛立ちます。けれど、その常識を「絶対」から「一つの前提」に格下げできれば、相手への怒りも小さくなります(※4)。怒りを感じたとき、相手を変えようとする前に、自分がどんな「べき」を握っているかを見てみる。アドラー心理学が説くように、怒りは、握っているものを手放すことで、扱えるようになっていきます(※5)。怒りそのものの仕組みは怒りを爆発させてしまう自分|怒りの正体と「溜める・出す」以外の選択肢でも詳しく扱っています。
今日からできる小さな一歩
今日試してほしいのは、イラッとしたときに、心の中でこう問いかけてみることです。「自分は今、どんな“べき”が破られて、怒っているんだろう」。
「時間を守るべきなのに」「常識的にこうすべきなのに」。怒りの下には、たいてい何らかの「べき」が隠れています。それを一つ、言葉にして取り出してみてください。
取り出せたら、続けてこう問います。「その“べき”は、絶対に正しいものだろうか。それとも、自分が握っているだけの一つの前提だろうか」。この問いは、怒りをすぐ消すためのものではありません。怒りと自分の間に、少し隙間を作るための練習です。その隙間が、怒りに飲み込まれずにすむ余裕を生みます。怒りの扱い方の基本は「感情的になってしまう」のは意志の弱さではない|感情調節の基本と3つのステップも参考になります。
まとめ
最近怒りやすくなったと感じるとき、その原因を「老化」だけに求める必要はありません。研究では、加齢はむしろ感情を穏やかにする面も示されています。怒りやすさの一部は、脳の衰えではなく、長年で積み重なり固くなった「常識」に、現実がぶつかることから来ているのかもしれません。
怒りは、「こうあるべき」が破られたときに生まれます。だとすれば、その「べき」をゆるめることが、怒りを和らげる道になります。イラッとしたら、相手を責める前に、自分がどんな常識を握っているかを見てみる。
怒りは、あなたが年老いた証拠でも、性格が悪い証拠でもありません。それは、握りしめている常識が教えてくれる、一つのサインなのです。次の記事では、このシリーズの締めくくりとして、常識から自由になり、自分の前提を選び直す方法を見ていきます。
参考文献
※1: Mather M. The emotion paradox in the aging brain. Ann N Y Acad Sci. 2012. PMID: 22409159
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22409159/
年齢を重ねた人が、若い人よりネガティブな出来事への反応が穏やかになり、肯定的な情報に目を向けやすくなる「ポジティビティ効果」を整理した論文。
※2: Kuppens P, Van Mechelen I, Smits DJ, De Boeck P. The appraisal basis of anger: specificity, necessity and sufficiency of components. Emotion. 2003. PMID: 14498795
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14498795/
怒りが「相手のせいだ」「不当だ」といった、期待や規範が破られたという受け止め方(評価)から生じることを示した研究。
※3: Kashdan TB, Rottenberg J. Psychological flexibility as a fundamental aspect of health. Clin Psychol Rev. 2010. PMID: 21151705
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21151705/
状況に応じて考えや行動を柔軟に切り替えられる心理的柔軟性が、心の健康の土台になることを論じたレビュー論文。
※4: 鴻上尚史『「空気」を読んでも従わない 生き苦しさからラクになる』岩波書店, 2019, ISBN: 9784005008933
その場の空気や「こうすべき」という常識に縛られず、それを一つの前提として捉え直す視点を示した書籍。
※5: 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社, 2013, ISBN: 9784478025819
怒りを含む感情を、他者や常識に振り回されるものとしてではなく、自分の目的や選択との関係から捉え直すアドラー心理学の視点を示した書籍。


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