重要な仕事から、少しずつ外されていく。会議に呼ばれなくなる。回ってくるのは雑務だけ。話しかけても、反応が薄い。
忙しさに追われていたころより、体はずっと楽なはずです。それなのに、心だけが日に日に削れていく。「自分はここにいる意味があるのだろうか」という思いが、頭から離れない。
これは、甘えでも、気のせいでもありません。仕事を干されるという状況には、人の心を確実に削るしくみがあります。今回は、なぜこんなにつらいのか、その正体を整理します。
「暇なのにつらい」のは、あなたが弱いからではない
干されることのつらさは、まわりに理解されにくいものです。「仕事が少なくて楽でいいね」と言われ、自分でも「これくらいで参るなんて」と責めてしまう。
けれど、忙しさによる疲れと、干されることによる消耗は、種類がまったく違います。前者は体力の問題ですが、後者は、人としての根っこにある欲求が断たれることで起きる痛みです。だからこそ、休んでも回復しにくく、じわじわと自己評価を削っていきます。
つらさの正体を、3つに分けて見ていきます。
理由1:居場所を断たれる痛み
人は、どこかに所属していたいという根本的な欲求を持っています。バウマイスターとリアリーは、安定した人間関係に属したいという欲求が人間の基本的な動機であり、それが満たされないと健康や適応、幸福感に幅広い悪影響が及ぶことを、多くの研究から整理しています(Baumeister & Leary, 1995)※1。
干されることは、この「所属」を職場の中で断たれる経験です。輪の中にいるのに、輪に入れていない。席はあるのに、居場所がない。その断絶が、痛みを生みます。
しかも、その痛みは比喩ではありません。アイゼンバーガーらのfMRI研究では、社会的に排除されたとき、身体的な痛みを感じるときと同じ脳領域が活性化することが示されています(Eisenberger et al., 2003)※2。干されてつらいのは、心が文字どおり痛みを感じているからです。
理由2:「役に立てない」という有用感の喪失
もうひとつ削られるのが、自分が誰かの役に立っているという感覚です。
働くことは、収入を得るだけの行為ではありません。自分の存在が必要とされ、認められているという有用感を、私たちは仕事から受け取っています。榎本博明氏は、現代人が他者からの承認や有用感に深く動かされている心理を整理しています※A。干されると、この有用感を受け取る経路が断たれます。
「必要とされていない」という感覚は、「自分には価値がない」という思いへとつながりやすいものです。仕事を干された経験が自己評価を蝕んでいくしくみは、「自己肯定感が低いとはどういう状態か」とも深く重なります。
理由3:干されることは、実際に心身を損なう
「考えすぎなだけかもしれない」。そう思おうとする方もいるかもしれません。けれど、これは主観的な思い込みではなく、データで確かめられている事実です。
リーらが95件の研究(約2万7千人分)を統合したメタ分析では、職場での排除(オストラシズム)が、職務満足の低下や情緒的消耗の増加など、働く人の態度や心身の健康に有意な悪影響を及ぼすことが示されています(Li et al., 2021)※3。干されることは、気の持ちようでは済まない、実害のある状況なのです。
無視や情報の遮断によって追い詰める手口そのものについては、「サイレントハラスメントとは」で詳しく扱っています。
これは「甘え」でも「あなたの無能の証明」でもない
3つの理由に共通するのは、どれも意志や能力でどうにかなるものではない、ということです。所属の欲求も、有用感も、排除による消耗も、人として自然に備わった反応です。
そして大切なのは、干されたという事実が、そのままあなたの価値や能力を意味するわけではない、ということです。干される背景には、組織の都合や人間関係など、あなた一人では決められない構造があります。干されることは、あなたが無能だからではなく、構造と相手の事情によって起きている。この切り分けが、立て直しの出発点になります。
このシリーズでできること
このシリーズは4本で構成されています。
本記事では、仕事を干されることがなぜつらいのか、その正体を整理しました。
記事#1では、なぜ人は職場で干されるのか、その背景にある構造を整理し、過度な自責から距離を取ります。
記事#2では、干された状況で無力感や痛みから自分を守るための、心の保ち方と記録の技術をまとめます。
記事#3では、とどまる・動く・出るという選択肢を、消耗した状態でも冷静に選ぶための考え方を整理します。
今日からできる小さな一歩
- 「楽なはずなのにつらい」を、まず認める: つらさを否定すると、消耗に消耗が重なります。これは正当な痛みだと、自分に許可を出すことから始めます
- 干された事実と、自分の価値を切り離して書く: 「仕事を任されていない」という事実と、「自分に価値がない」という解釈は別物です。紙の上で2つを分けて書き出します
- 心身に不調が出ていないか、立ち止まって確かめる: 眠れない、食べられない、涙が出るなどのサインがあれば、我慢の段階ではありません。次の記事に進む前に、休息や相談を優先してください
まとめ
仕事を干されることがつらいのは、所属を断たれ、有用感を失い、実際に心身が消耗するからです。どれも、あなたが弱いからでも、無能だからでもありません。
干されたという事実は、あなたの価値を決めません。それは、構造と相手の事情の中で起きていることです。次の記事から、その構造を整理し、自分を守り、選択肢を選ぶための道筋を、一つずつ見ていきます。
なお、無視・嫌がらせ・退職勧奨・不当な配置転換など、法的な対応が関わる可能性がある場合は、労働組合や弁護士、お住まいの地域の労働局・総合労働相談コーナーなどの専門窓口にご相談ください。この記事は法律や医療の助言に代わるものではありません。心身の不調が続く場合も、専門家への相談をご検討ください。
このシリーズの記事一覧
仕事を干されたつらさを整理し、自分を守りながら次の一歩を選ぶためのシリーズです。
- 本記事:仕事を干されたとき、何が起きているのか|「戦力外」の宙吊りがつらい理由
- 記事#1:なぜ人は職場で干されるのか|あなたのせいだけではない構造(公開後にリンク追加)
- 記事#2:干された心を守る|無力感と「社会的な痛み」から自分を取り戻す(公開後にリンク追加)
- 記事#3:干された先の選択肢|とどまる・動く・出るを冷静に選ぶ(公開後にリンク追加)
参考文献
※1 Baumeister RF, Leary MR. “The need to belong: desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation.” Psychol Bull. 1995;117(3):497-529. PMID: 7777651
安定した人間関係に属したいという欲求が人間の基本的動機であり、満たされないと健康や幸福感に幅広い悪影響が及ぶことを多くの研究から整理した論文。干されて居場所を失うことがなぜつらいのかの根拠となっている。
※2 Eisenberger NI, Lieberman MD, Williams KD. “Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion.” Science. 2003;302(5643):290-292. PMID: 14551436
社会的に排除されたとき身体的痛みと同じ脳領域が活性化することを示した研究。干されることが比喩ではなく実際の痛みとして感じられることの神経科学的根拠となっている。
※3 Li M, Xu X, Kwan HK. “Consequences of Workplace Ostracism: A Meta-Analytic Review.” Front Psychol. 2021;12:641302. PMID: 34408692
95件の研究(約2万7千人分)を統合し、職場での排除が職務満足の低下や情緒的消耗など心身の健康に有意な悪影響を及ぼすことを示したメタ分析。干されることが実害のある状況であることの根拠となっている。
※A 榎本博明著『承認欲求に振り回される人たち』クロスメディア・パブリッシング、2021年。ISBN:9784295405986
現代人が他者からの承認や有用感に深く動かされている心理を整理した一般向け書。仕事を干されて有用感を失うことが自己評価を削るしくみの参考としている。
※B 鈴木祐著『科学的な適職 4021の研究データが導き出す』クロスメディア・パブリッシング、2019年。ISBN:9784295403746
多数の研究データをもとに、思い込みではなく自分との適合で働き方を選ぶ重要性を整理した実用書。干された状況から次の選択肢を考える本シリーズの後半の考え方の参考としている。


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