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なぜ人は常識に縛られるのか|同調・社会的証明・脳の省エネ

なぜ人は常識に縛られるのか|同調・社会的証明・脳の省エネ 自分を守るための話

前回の記事「常識に囚われる」とは何か|常識は常に正しくはないでは、常識とは絶対の正しさではなく、ある時代の多数派の前提にすぎない、とお伝えしました。

そう聞くと、こう思う人もいるかもしれません。「ただの前提なら、なぜこんなに振りほどけないのだろう」と。頭ではわかっていても、いざ常識から外れようとすると、強い抵抗を感じる。これは、あなたの意志が弱いからではありません。常識に縛られるのには、人に共通する、いくつかの仕組みがあるからです。

この記事では、なぜ人はそこまで常識に縛られてしまうのか、その理由を四つに分けて見ていきます。仕組みがわかれば、「縛られている自分」を責める気持ちが、少しゆるんでいくはずです。


理由1:従うほうが、考えなくてすむから

一つ目の理由は、とてもシンプルです。常識に従うほうが、頭を使わなくてすむからです。

人の脳は、毎回すべてをゼロから考えるようにはできていません。限られたエネルギーを節約するために、過去の経験や世間のやり方を「とりあえずの正解」として使う、近道の判断を多用します。研究では、人がこうした思考の近道(ヒューリスティック)を使うことで、効率よく判断できる一方、一定方向への偏りも生まれることが示されています(※1)。

常識は、この「考えなくてすむ近道」の代表格です。「普通はこうする」に従っておけば、いちいち悩まずにすむ。だから私たちは、無意識のうちに常識を選んでしまいます。これは怠けではなく、脳の省エネという、人に備わった性質なのです。


理由2:「みんながやっている」が、正しさに見えるから

二つ目は、「多くの人がそうしている」こと自体が、正しさの証拠のように感じられるからです。

人は、何が正しいかわからないとき、周りの人の行動を手がかりにします。多くの人が選んでいるなら、それは正しいのだろう、と。これは社会的証明と呼ばれる心理で、私たちの判断に強く働きかけることがわかっています(※2)。行列のできる店をつい良い店だと思ってしまうのも、この働きの一つです(※4)。

この心理があるため、「みんなが当たり前としていること」は、検証ぬきで正しく見えてしまいます。けれど前回お伝えしたとおり、多数派であることと正しいことは、本来別のものです。「みんながやっている」は、安心の材料にはなっても、正しさの証明にはなりません。


理由3:常識からはみ出すと、排除されるのが怖いから

三つ目は、もっと根の深い理由です。常識を破ると、仲間から外されるのではないか、という恐れです。

人は、集団から排除されることに強い痛みを感じる生き物です。研究では、無視されたり、仲間外れにされたりする体験が、たとえ軽いものでも、所属や自尊心といった基本的な欲求を脅かすことが示されています(※3)。「常識外れ」と思われることへの不安の正体は、この排除への恐れです。

特に、空気を読むことが重んじられる場では、常識からはみ出すことが「和を乱す」とみなされがちです。その空気の中では、自分の本音より、まわりに合わせることが優先されてしまいます(※5)。常識に従うのは、正しいと信じているからというより、はじかれたくないから、という場合が少なくないのです。


理由4:常識は、空気のように刷り込まれているから

四つ目は、常識の多くが、子どもの頃から少しずつ刷り込まれていて、もはや「自分の考え」と区別がつかなくなっている、ということです。

家庭で、学校で、職場で、私たちは「普通はこうするもの」を浴びるように受け取ってきました。長い時間をかけて取り込まれた常識は、外から来たものだという感覚が薄れ、まるで生まれつき自分が持っていた信念のように感じられます。

だから、常識に縛られていることに、自分ではなかなか気づけません。空気のように当たり前すぎて、それが「ある」ことすら見えないのです。気づけないものは、疑うこともできません。常識をほどく第一歩が「これは前提にすぎないと気づくこと」なのは、このためです。こうした見えない刷り込みは、職場の空気として現れることもあります(くわしくはなぜ自分だけ浮くのか|「嫌われている」のではなく「合っていない」から)。


今日からできる小さな一歩

今日試してほしいのは、自分が何かに従おうとしたとき、その理由を一度だけ問い直してみることです。

「これをするのは(しないのは)、本当に正しいからだろうか。それとも、考えるのが面倒だからか、みんながそうしているからか、はみ出すのが怖いからか」。

この問いは、答えを出すためのものではありません。自分を縛っているのが「正しさ」なのか、それとも「省エネ・同調・恐れ」なのかを、そっと見分けるための練習です。理由が後者だと気づけたなら、それだけで、常識との間に少し隙間が生まれます。その隙間が、自分で選び直すための余白になります。


まとめ

人が常識に縛られるのは、意志が弱いからではありません。考えなくてすむという脳の省エネ、「みんながやっている」を正しさと感じる社会的証明、はみ出すと排除される恐れ、そして子どもの頃からの刷り込み。これら四つの仕組みが重なって、常識は振りほどきにくいものになっています。

どれも、人に共通する自然な働きです。だから、常識に縛られてきた自分を責める必要はありません。大切なのは、縛りの正体を知ることです。仕組みが見えれば、「これは正しさではなく、省エネや恐れに従っているだけかもしれない」と気づけるようになります。次の記事では、その上で、従う価値のある常識と、手放してよい常識をどう見分けるかを見ていきます。


参考文献

※1: Tversky A, Kahneman D. Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science. 1974. PMID: 17835457
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17835457/
人が判断のときに用いる思考の近道(ヒューリスティック)が、効率的である一方、一定方向の偏りを生むことを示した、認知心理学の基礎となる論文。

※2: Cialdini RB, Goldstein NJ. Social influence: compliance and conformity. Annu Rev Psychol. 2004. PMID: 14744228
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14744228/
人が「何が正しいか」を判断するとき、多くの人の行動を手がかりにすること(社会的証明)を含め、社会的影響の仕組みを整理したレビュー論文。

※3: Williams KD. Ostracism. Annu Rev Psychol. 2007. PMID: 16968209
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16968209/
無視や仲間外れといった排除の体験が、たとえ軽いものでも、所属や自尊心という基本的欲求を脅かすことを整理したレビュー論文。

※4: ロバート・B・チャルディーニ(社会行動研究会訳)『影響力の武器[第三版] なぜ、人は動かされるのか』誠信書房, 2014, ISBN: 9784414304220
社会的証明をはじめ、人が承諾し従ってしまう心理の原理を、豊富な事例とともに体系的に解説した社会心理学の名著。

※5: 鴻上尚史『「空気」を読んでも従わない 生き苦しさからラクになる』岩波書店, 2019, ISBN: 9784005008933
日本の集団に流れる「空気」や同調圧力の正体を解きほぐし、その前提と合わないことは欠陥ではないと示した書籍。

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