「つらいのは職場のせいなのか、自分が弱いだけなのか」。
この問いで何ヶ月も、何年も堂々巡りになっている人がいます。職場を責めれば「甘えかもしれない」と感じ、自分を責めれば「でも本当につらい」と感じる。どちらに踏み切ることもできず、ただ消耗だけが続く。
この混乱が生まれる理由があります。職場の問題から来るつらさと、個人の疲弊から来るつらさは、表面的な症状がよく似ているからです。区別するためには、症状ではなく別の角度から観察する必要があります。
なぜ「職場のせい」と「自分のせい」を混同するのか
「職場が原因のつらさ」と「自分が消耗しているつらさ」は、どちらも同じような形で現れます。
眠れない、朝が重い、集中できない、イライラしやすい、仕事のやる気が出ない。これらは職場の問題から来る場合も、個人的な疲弊・バーンアウトから来る場合も、どちらでも起きます。症状だけを見ても、原因はわかりません。
さらに、2つは絡み合って進行することが多い。職場の問題がストレスを生み、そのストレスが個人を消耗させ、消耗した状態がさらに職場の問題を大きく感じさせる。鶏と卵の関係になりやすく、「どちらが先か」という問い自体が答えを出しにくくなっています。
バッカーとデメルーティが提唱した「仕事の要求と資源モデル(Job Demands-Resources Model)」では、職場の過剰な要求(仕事量・対人葛藤・曖昧な役割)が個人の資源(エネルギー・モチベーション・自己効力感)を消耗させることが示されています(※1)。職場の問題と個人の消耗は、切り離せない関係にあります。
職場の問題が原因のサイン
症状ではなく、「状況」で判断します。次の状況が当てはまるとき、問題の中心は職場環境にある可能性があります。
特定の場所・人・状況でつらくなる: 会社にいるときや特定の人と関わるときだけ症状が出て、家にいるときや休日は比較的楽な状態が保てる場合、環境が引き金になっています。
以前は問題なく働けていた: 同じ自分が、前の職場や部署では問題なく機能していた。転職・異動・上司の交代などの変化のあとから症状が出始めた場合、変化した環境が原因である可能性が高い。
つらさの中身を言語化できる: 「上司の言い方が理不尽」「業務量が人手に対して明らかに多い」「評価基準が不透明」など、何がつらいかを具体的に説明できる。抽象的な「なんとなくつらい」より、具体的な問題が見えているとき、環境の問題を指していることが多い。
スタンスフィールドとキャンディのメタ分析では、職場でのコントロール欠如・要求過多・支援の欠如・不公正な処遇が、精神健康の悪化と強く関連することが示されています(※2)。「職場の問題」は、客観的に存在する状況の問題です。
個人の疲弊・消耗が原因のサイン
一方、問題の中心が個人の消耗にある場合も、状況から判断できます。
環境を変えても回復しない感覚がある: 休暇を取っても、連休が明けても、以前のように回復しない。どこにいても「つらい」という感覚が続く場合、個人のリソースが底をついている状態かもしれません。
仕事以外の領域にも影響が出ている: 趣味が楽しめない、家族や友人との関係が億劫になる、食欲や睡眠が乱れるなど、仕事以外の領域にも影響が出ているとき、消耗が仕事だけの問題を超えています。
以前できていたことができなくなっている: 集中力の低下、記憶力の低下、些細な判断が難しくなるなど、認知的な変化が起きている場合、バーンアウトや消耗が進んでいる可能性があります。
「辞めたい」は甘えではないで整理したように、バーンアウトは休んでも回復しにくいという特徴を持ちます。「休んでも楽にならない」という状態は、個人の消耗が深刻になっているサインです。
見分けるための4つの問い
症状から入るのではなく、次の4つの問いに答えることで、原因の所在が見えやすくなります。
「職場以外の場所では、どうか」: 休日・帰宅後・休暇中に、症状が和らぐか。職場を離れると楽になるなら、環境が引き金である可能性が高い。どこにいても変わらないなら、個人の消耗が深刻になっているサインです。
「いつから、何をきっかけに始まったか」: 特定の出来事(異動・上司の交代・業務の増加)のあとから始まったなら、環境の変化が原因の可能性が高い。いつの間にかじわじわ悪化したなら、慢性的な消耗の蓄積かもしれません。
「環境が変わったら、回復すると思えるか」: 部署が変わる・職場が変わると想像したとき、「少し楽になりそう」と感じるか。それとも「どこに行っても同じかもしれない」と感じるか。前者なら環境、後者なら個人の消耗が中心にある可能性があります。
「以前の自分と今の自分は、何が違うか」: 1年前・3年前の自分と今の自分を比べて、何が変わったかを具体的に考える。「あのとき楽しめていたことが楽しめない」「あのときは気にならなかったことが今は気になる」という変化は、消耗の蓄積を示しています。
どちらかに決めなくていい
「職場のせいか、自分のせいか」という問いは、どちらか一方を選ばせる形をしています。でも実際には、両方が同時に存在することがほとんどです。
職場の問題があり、それに対処するリソースが個人の消耗によって減っている。この両面が重なっているとき、「どちらかを決める」より「両方に対して何かできることはないか」を考える方が実際的です。
転職できない心理の全体像で整理したように、判断を急ぐほど質が落ちることがあります。「今すぐ原因を特定して結論を出さなければ」という焦りより、自分の状態を観察し続けることの方が、正確な判断につながります。
今日からできる小さな一歩
- 「職場にいるとき」と「いないとき」の状態を1週間記録する: 朝・昼・夜、職場/自宅/休日でどう感じるかをメモする。パターンが見えると、環境の影響なのか個人の消耗なのかが判断しやすくなります
- 「以前はできていたこと」を3つ書き出す: 1〜2年前に普通にできていたことで、今は難しくなっていることを書く。変化の大きさが、消耗の深さを測る目安になります
- 4つの問いに順番に答えてみる: 頭の中で考えるだけでなく、紙に書いて答える。書くことで「なんとなくつらい」が具体的な情報になり、次の判断への材料が整います
まとめ
「職場のせいなのか、自分が弱いだけなのか」という問いで堂々巡りになるのは、2つのつらさの症状が似ているからです。
症状ではなく状況で判断する。職場を離れると楽になるか、特定の出来事がきっかけか、環境が変われば回復を想像できるか。この角度から観察すると、原因の所在が見えやすくなります。
どちらかに決めることより、両面を同時に観察することが、自分の状態を正確に見る入口になります。
このシリーズの記事一覧
「転職についての思い込み」を解体し、自分の状態と判断を正確に見るシリーズです。
- 本記事:「辞めたい」は甘えではない|心が出している危険信号の見分け方
- 自分が弱いのか、今の職場が原因なのかを見分ける方法
- 転職は逃げなのか?|環境を変える判断と回避行動の違い
参考文献
※1 Bakker AB, Demerouti E. “The Job Demands-Resources Model: State of the Art.” Journal of Managerial Psychology. 2007;22(3):309-328. doi:10.1108/02683940710733115
職場の過剰な要求(仕事量・対人葛藤・役割の曖昧さ)が個人のエネルギーや動機づけを段階的に消耗させることを示したモデル。職場の問題と個人の消耗が切り離せない関係にある理由の理論的根拠となっている。
※2 Stansfeld S, Candy B. “Psychosocial Work Environment and Mental Health — A Meta-Analytic Review.” Scandinavian Journal of Work, Environment & Health. 2006;32(6):443-462. PMID: 17173202
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17173202/
職場でのコントロール欠如・要求過多・支援の欠如・不公正な処遇が精神健康の悪化と強く関連することを11,636名を対象にしたメタ分析で示した研究。「職場の問題」が客観的に存在する状況の問題であることを裏付けている。
※3 Bianchi R, Schonfeld IS, Laurent E. “Burnout-Depression Overlap: A Review.” Clinical Psychology Review. 2015;39:28-38. PMID: 25978743
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25978743/
バーンアウトと抑うつの症状が重なりやすいことを示したレビュー論文。職場の問題から来るつらさと個人の消耗から来るつらさが表面的に区別しにくい理由を理解する根拠となっている。


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