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仕組みのない職場で、自分を守る働き方|抱え込みすぎない・記録する・線を引く

仕組みのない職場で、自分を守る働き方|抱え込みすぎない・記録する・線を引く ストレスの話

前回の記事「なぜ、この職場はいつまでも回らないのか|「仕組みの不在」が個人を消耗させる構造」では、仕組みのない職場で消耗するのは、本来仕組みが担うべき負荷を個人が肩代わりしているからだとお伝えしました。この記事では、その職場が変わらない前提で、自分をすり減らさずに働くための、具体的な方法を見ていきます。

先にお伝えしておきたいことがあります。ここでは、「あなたが仕組みを作って職場を変えよう」という話はしません。作る立場にない人も多いですし、そもそも変える気のない組織で一人が奮闘しても、消耗するだけのことが少なくないからです。目指すのは、職場を変えることではなく、変わらない職場の中で、自分の消耗を減らすことです。


まず、「自分が仕組みの代わり」をやめる

仕組みのない職場では、まじめで責任感のある人ほど、無意識に「自分が仕組みの代わり」になろうとします。抜けている手順を補い、忘れられがちなことを覚えておき、誰もやらない後始末を引き受ける。その結果、あなたがいないと回らない状態が、できあがっていきます。

けれど、前回お伝えしたとおり、人の判断力や踏ん張る力は、有限の資源です(※1)。仕組みの穴を、自分の資源で埋め続ければ、いずれ枯渇します。しかも、あなたが埋めれば埋めるほど、職場は「これで回っている」と認識し、仕組みを作る必要をますます感じなくなります。あなたの頑張りが、皮肉にも、仕組みができない理由になってしまうのです。

だからまず、「すべてを自分が埋めなくてもいい」と自分に許可を出すこと。これが出発点です。完璧に回すことより、自分が持続可能に働けることを優先する。その視点の切り替えから始めましょう。


「記録する」ことで、属人化に飲まれない

仕組みのない職場を生き抜くうえで、地味ですが強力なのが、記録することです。

やりとりの経緯、決まったこと、依頼された内容と期限。これらを、口頭のやりとりで終わらせず、メモやメールの形で残しておく。これには二つの効果があります。一つは、あいまいな状態が「あとで言った言わない」に発展するのを防ぎ、自分を守ってくれること。もう一つは、あなたの頭の中だけにあった情報が、外に出ることで、抱え込みの負担が減ることです。

役割が曖昧な職場では、この「見える化」がとくに効きます。何を、どこまで、いつまでにやると決めたのかを記録に残すと、際限なく仕事が流れ込んでくるのを、少しだけ堰き止められます。自分の役割の輪郭を、自分の手で描いておく。それが、曖昧さに活力を奪われないための備えになります(※4)。


「線を引く」ことは、わがままではない

仕組みのない職場では、境界が曖昧なぶん、断らなければ、仕事は無限に流れ込んできます。だからこそ、線を引くことが欠かせません。

「これは自分の担当ではない」「今の状況では、ここまでしかできない」。こうした線引きに、罪悪感を覚える人は多いはずです。けれど、線を引くことは、わがままでも、無責任でもありません。有限の資源を守り、持続的に働くための、必要な自己管理です。境界線の考え方は境界線(バウンダリー)がないと消耗し続ける|苦手な人との距離を設計するための全体像で詳しく扱っています。

とくに気をつけたいのが、感情をすり減らす対応です。理不尽な依頼に、内心の苛立ちを抑えて笑顔で応じ続けることは、感情労働と呼ばれ、それ自体が消耗を深めることがわかっています(※2)。すべてに愛想よく応えようとせず、淡々と、事実ベースで線を引く。それだけで、消耗の質が変わります。


「変えられること」に、力を集中する

仕組みのない職場にいると、「なぜ改善しないのか」「どうしてこんな非効率がまかり通るのか」と、変えられないことに、意識が吸い寄せられていきます。けれど、そこに力を注ぐほど、消耗は深まります。

大切なのは、コントロールできることと、できないことを分けることです。組織が仕組みを作るかどうかは、あなたにはコントロールできません。一方、自分がどこまで引き受けるか、どう記録するか、どこに線を引くかは、あなたが選べます。自分で選び、自分で動かしているという感覚は、それ自体が心の安定を支えます(※1、※3)。

「職場を変える」という、勝ち目の薄い戦いから、「自分の働き方を守る」という、勝てる戦いへ。力の向け先を移すこと。それが、変わらない職場で消耗しないための、いちばんの戦略です。ただし、心を引きすぎて無力感に飲まれていないかは、ときどき確認したいところです(あなたが「どうせ無駄」を学習するとき|やる気を奪うのは意志の弱さではない)。


今日からできる小さな一歩

今日試してほしいのは、「今日から記録に残すこと」を、一つだけ決めることです。

上司からの口頭の指示を、あとで一行メールにして送っておく。会議で決まったことを、自分用にメモしておく。依頼を受けたら、期限と範囲を確認して残しておく。どれか一つで構いません。

記録は、あなたを守る盾になり、抱え込みを外に出す出口にもなります。大がかりな改善は要りません。小さな記録を一つ残すことから、「仕組みの穴を、自分の頭と体だけで埋める」状態から、少しずつ抜け出していけます。


まとめ

仕組みのない職場で自分を守る鍵は、職場を変えることではなく、変わらない前提で自分の消耗を減らすことです。まず、「自分が仕組みの代わり」をやめ、すべてを埋めようとしないこと。やりとりを記録して、属人化と抱え込みに飲まれないこと。線を引くことに罪悪感を持たず、有限の資源を守ること。そして、変えられない組織ではなく、変えられる自分の働き方に、力を集中すること。

これらは、どれも「もっと頑張る」の逆にある工夫です。仕組みのない職場では、頑張りを足すより、抱え込みを減らすほうが、あなたを守ってくれます。

次の記事では最終回として、それでも消耗が止まらないとき、この職場にとどまるか出るかを、どう見極めるかを見ていきます。


参考文献

※1: Baumeister RF, Bratslavsky E, Muraven M, Tice DM. Ego depletion: is the active self a limited resource? J Pers Soc Psychol. 1998. PMID: 9599441
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9599441/
自分をコントロールし判断し踏ん張る力が、共通の限られた資源であり、使い続ければ枯渇することを示した研究。

※2: Hülsheger UR, Schewe AF. On the costs and benefits of emotional labor: a meta-analysis of three decades of research. J Occup Health Psychol. 2011. PMID: 21728441
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21728441/
本当の感情を抑えて表向きの態度を作る感情労働(表面演技)が、消耗と強く結びつくことを示した大規模なメタ分析。

※3: Leotti LA, Iyengar SS, Ochsner KN. Born to choose: the origins and value of the need for control. Trends Cogn Sci. 2010. PMID: 20817592
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20817592/
自分で選び、自分で行動しているという感覚が、結果の良し悪しとは別に人の心の安定を支えることを論じた論文。

※4: Karkkola P, Kuittinen M, Hintsa T. Role clarity, role conflict, and vitality at work: The role of the basic needs. Scand J Psychol. 2019. PMID: 31124156
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31124156/
自分の役割が明確であることが仕事の活力を支え、役割が曖昧だと活力が下がることを示した研究。役割の輪郭を自分で描くことの意義の裏づけ。

※5: 井上智介『職場のめんどくさい人から自分を守る心理学』日本能率協会マネジメントセンター, 2021, ISBN: 9784820729723
理不尽な状況や扱いにくい相手に、まともに受け止めすぎず、線を引いて自分を守るための考え方を解説した書籍。

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