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説明が重くなる相手と状況|前提の非共有・知識の呪い・認知スタイルの差

説明が重くなる相手と状況|前提の非共有・知識の呪い・認知スタイルの差 職場の話

前回の記事なぜあの人に説明するのは、こんなに面倒なのか|「説明コスト」の正体では、説明の面倒さの正体は「前提の距離の遠さ」にあるとお伝えしました。この記事では、では具体的に、どんな要因がその距離を生み、説明コストを跳ね上げるのかを見ていきます。

「あの人に説明するのが重い」と感じるとき、そこには、いくつかの典型的な要因が重なっています。要因がわかると、相手を「話の通じない人」と一括りにして苛立つ代わりに、「ここの距離が遠いのか」と具体的に捉えられるようになります。それだけで、消耗は少し軽くなります。


要因1:前提(知識・経験・文脈)を共有していない

もっとも大きな要因が、前提の非共有です。あなたにとって当たり前の知識や経験を、相手が持っていないとき、説明はゼロから積み上げる作業になります。

やっかいなのは、自分が何を「前提」にしているのか、自分では気づきにくいことです。いったん知ってしまった知識は、知らない状態を想像することを難しくします。これは「知識の呪い」と呼ばれ、自分にとって当たり前のことほど、相手がどこでつまずくのかが見えなくなります(※1)。

さらに、言葉そのものの捉え方も人によって異なります。同じ単語でも、育った環境や経験によって、思い浮かべる中身が違うことがあります(※4)。だから「ちゃんと言ったのに伝わらない」のは、言葉が足りないというより、その言葉が指す前提がずれている、ということが少なくありません。「わからない」と「伝わらない」がどう絡み合うかは「わからない」と「伝わらない」の両面|すれ違いが生まれる心理のしくみもあわせてどうぞ。


要因2:相手の視点に立とうとしても、自分基準が抜けない

「相手の立場に立って説明しよう」とよく言われます。けれど、これが想像以上に難しいのです。

研究では、人が他者の視点を取ろうとするとき、まず自分の視点を出発点(アンカー)にして、そこから少しずつ相手に寄せて調整していくものの、その調整が不十分なまま終わりやすいことが示されています(※2)。つまり、相手の立場に立ったつもりでも、実際にはまだ自分寄りの説明になっている、ということが起こります。

これは、あなたの思いやりが足りないという話ではありません。人の脳の働き方として、自分の視点から完全に離れるのは難しいのです。だから、良かれと思って調整した説明が、相手にはまだ届かない。この「調整の不足」も、説明コストを押し上げる一因です。


要因3:情報の受け取り方・処理のペースが違う

三つ目は、情報を処理するスタイルやペースの違いです。

人が一度に頭に保持して処理できる情報の量には限りがあり、その容量や使い方には個人差があります(※3)。一度に多くを処理できる相手なら、まとめて話しても理解が追いつきます。けれど、そうでない相手に同じペースで話すと、情報があふれてしまい、結局「伝わらない」ことになります。

また、結論から聞きたい人もいれば、背景から順に積み上げたい人もいます。抽象的な話が得意な人もいれば、具体例がないとつかめない人もいます。こうしたスタイルの違いを無視して、自分のやり方のまま話すと、相手の中では「わかったつもり」のまま、前提がずれていく、ということも起こります(※5)。

相手の処理ペースやスタイルに合わせる作業が増えるほど、当然、説明コストは高くなります。


要因4:そもそも「聞く態勢」が整っていない

最後に、相手の側の状況も大きく影響します。どれだけ前提を揃え、相手に合わせて話しても、相手に聞く態勢がなければ、説明は届きません。

忙しくて気もそぞろ、別のことで頭がいっぱい、その話題に関心がない、あるいは身構えていて受け取る気がない。こうした状態の相手に説明するのは、扉が閉まった部屋に向かって話すようなものです。労力ばかりがかかり、手応えがありません。

ここで大切なのは、これはあなたの説明の問題ではない、ということです。相手の聞く態勢は、あなたがコントロールできる範囲の外にあります。タイミングを変える、要件を絞る、別の手段にするなど、できる工夫はありますが、それでも届かないことはある。その線引きについては、次以降の記事で詳しく扱います。


今日からできる小さな一歩

今日試してほしいのは、「説明が重い」と感じる相手について、四つの要因のうち、どれがいちばん効いているかを当ててみることです。

前提(知識・経験)の差なのか。自分が相手の視点に寄りきれていないのか。処理のペースやスタイルの違いなのか。それとも、そもそも相手の聞く態勢が整っていないのか。一つに絞れなくても構いません。「たぶんこれが大きい」と見当をつけるだけでいいのです。

要因が見えると、打ち手も変わります。前提の差なら背景から補う、ペースの差ならゆっくり区切る、聞く態勢の問題ならタイミングを改める。漠然とした「面倒くささ」を、要因という扱える形に分解する。それが、消耗を減らす第一歩です。


まとめ

説明が重くなる相手や状況には、典型的な要因があります。前提(知識・経験・文脈)の非共有、相手の視点に寄りきれない自己中心性、情報処理のペースやスタイルの違い、そして相手の聞く態勢の欠如です。

これらの多くは、あなたの説明力の不足でも、相手の人間性の欠陥でもありません。人の認知の仕組みと、二人の立っている場所の違いから、自然に生まれるものです。

だから、説明が重いと感じたら、相手を責める前に、「どの要因で距離が遠いのか」を見てみてください。要因が見えれば、犯人探しの苛立ちから、具体的な対処へと、意識が切り替わります。次の記事では、それでも伝わらないとき、「伝わらないのを全部自分のせいにしない」という線引きを見ていきます。


参考文献

※1: Birch SA, Bloom P. Children are cursed: an asymmetric bias in mental-state attribution. Psychol Sci. 2003. PMID: 12741755
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12741755/
いったん何かを知ると、それを知らない相手の立場を想像しにくくなる「知識の呪い」を示した研究。

※2: Epley N, Keysar B, Van Boven L, Gilovich T. Perspective taking as egocentric anchoring and adjustment. J Pers Soc Psychol. 2004. PMID: 15382983
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15382983/
人は他者の視点を取るとき、自分の視点を出発点にして調整するものの、その調整が不十分に終わりやすいことを示した研究。

※3: Baddeley A. Working memory. Science. 1992. PMID: 1736359
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1736359/
人が一度に保持し処理できる情報には限りがあり、言語理解などの複雑な作業を支える作動記憶の仕組みを示した研究。

※4: 今井むつみ『ことばと思考』岩波新書, 2010, ISBN: 9784004312789
同じ言葉でも、人によって思い浮かべる中身や捉え方が異なりうることを、言語と思考の関係から解説した書籍。

※5: 西林克彦『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』光文社新書, 2005, ISBN: 9784334033224
人が前提のずれに気づかないまま「わかったつもり」になってしまう仕組みと、その乗り越え方を解説した書籍。

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