同じことを伝えるだけなのに、ある人に説明するときだけ、どっと疲れる。一言で伝わる相手もいれば、何度言葉を尽くしても、なぜか届かない相手もいる。「どうしてあの人に説明するのは、こんなにも面倒なんだろう」。そう感じたことは、ないでしょうか。
そして多くの人は、その疲れの原因を自分に向けます。「自分の説明が下手だからだ」と。あるいは相手に向けます。「あの人の理解力がないからだ」と。
けれど、本当の理由は、そのどちらでもないことが少なくありません。この記事は、「説明が面倒な相手」というテーマを扱うシリーズの最初の1本です。最初にお伝えしたい結論は、説明の面倒さの正体は「説明コスト」にある、ということです。そしてその説明コストは、あなたと相手の間にある「前提の距離」によって決まります。まずは、この仕組みを一緒に見ていきましょう。
なお、伝わらないこと全般のメカニズムはすれ違いはなぜ起きるのか|言葉が正確に届かない理由と構造で扱っています。このシリーズは、その中でも「説明する側の面倒さ・消耗」に絞って掘り下げます。
同じ説明でも、相手によって「重さ」が変わる
まず押さえたいのは、説明には「コスト」がある、という考え方です。何かを伝えるとき、私たちは言葉を選び、順序を組み立て、相手の反応を見ながら調整します。この一連の労力が、説明コストです。
このコストは、相手によって大きく変わります。前提を多く共有している相手なら、一言で済みます。「例のあれ、お願い」で通じる。けれど、前提を共有していない相手には、背景から、用語から、文脈から、一つずつ積み上げて説明しなければなりません。同じ内容でも、後者の説明コストは、何倍にもなります。
つまり、「あの人への説明が面倒」なのは、あなたと相手の間の「前提の距離」が遠く、説明コストが高いからです。距離が遠いほど、橋を架けるのに手間がかかる。それだけのことなのです。
なぜ「言わなくても伝わる」と思ってしまうのか
ここで、説明をさらに難しくしている、人の心のクセを二つ紹介します。
一つは、私たちが会話のとき、つい自分を中心に物事を解釈してしまうことです。研究では、人は相手が自分と同じ知識を共有していると思い込み、自分の視点を基準に話を進めてしまいやすいことが示されています(※1)。「これくらい言わなくてもわかるだろう」という前提が、説明不足を生みます。
もう一つは、「知識の呪い」と呼ばれるものです。いったん何かを知ってしまうと、人はそれを知らない状態をうまく想像できなくなります(※2)。自分にとって当たり前になった知識ほど、相手がどこでつまずくのかが見えなくなる。だから、丁寧に説明したつもりでも、肝心の「相手が知らない部分」が抜け落ちてしまうのです。
この二つが働くため、説明はそもそもうまくいきにくい構造になっています。面倒に感じるのは、あなたが不器用だからではありません。
伝達は、二人で「共通の土台」を作る共同作業
もう一つ、大切な見方があります。それは、説明とは一方的に渡す作業ではなく、二人で「共通の土台」を築いていく共同作業だ、ということです。
研究では、何かを伝え合うとき、話し手と聞き手は協力しながら、お互いに通じる共通の基盤を少しずつ作り上げていくことが示されています(※3)。この土台がすでにある相手とは、説明はスムーズに進みます。けれど土台が薄い相手とは、まず土台づくりから始めなければならず、そのぶん時間も労力もかかります。
ここで重要なのは、土台づくりは本来、二人で行うものだということです。あなただけが一方的に頑張って橋を架けようとすると、当然、疲れます。説明の面倒さの一部は、本来分かち合うべき労力を、あなたが一人で背負ってしまっていることから来ているのかもしれません。
「説明コストが高い相手」は、あなたのせいで生まれるわけではない
ここまでをまとめると、説明が面倒な相手とは、「前提の距離が遠く、共通の土台が薄い相手」です。これは、あなたの説明力の問題でも、相手の人間性の問題でも、必ずしもありません。
人は、自分の理解の枠の外にあるものを、なかなか受け取れないことがあります(※4)。そして、本人は「わかったつもり」でいても、実は前提がずれたまま、ということも起こります(※5)。これらは、どちらかが悪いというより、二人の立っている場所が違う、というだけのことです。
もちろん、相手の聞く姿勢に問題がある場合もあります。それは次以降の記事で扱います。けれど出発点として、「自分が悪い」「相手が悪い」の犯人探しをいったん脇に置き、「前提の距離が遠いだけかもしれない」と捉え直すこと。それだけで、説明疲れに伴う自己嫌悪や苛立ちは、ずいぶん軽くなります。
今日からできる小さな一歩
今日試してほしいのは、「説明が面倒だ」と感じる相手を一人思い浮かべて、その面倒さを「自分のせい」でも「相手のせい」でもなく、「前提の距離」として眺め直してみることです。
その人とは、どんな前提がずれているでしょうか。知識や経験の差か、言葉の使い方か、話の進め方の好みか。一つでも具体的に思い浮かべられると、漠然とした「面倒くささ」が、「ああ、ここの距離が遠いのか」という、扱える情報に変わります。
距離が見えれば、次にどこに橋を架ければいいかも見えてきます。今日のところは、原因を裁くのをやめて、距離として捉え直す。その一歩だけで十分です。
まとめ
あの人への説明が面倒なのは、あなたの説明が下手だからでも、相手の理解力が低いからでもなく、二人の間の「前提の距離」が遠く、説明コストが高いからです。
人にはもともと、相手も自分と同じ知識を持っていると思い込むクセや、知ってしまうと知らない状態を想像できなくなる「知識の呪い」があります。そして説明とは、本来二人で共通の土台を築く共同作業です。その労力を一人で背負えば、疲れて当然です。
まずは、面倒さを犯人探しではなく「距離」として捉え直すこと。それが、説明疲れから自分を守る出発点になります。次の記事では、どんな相手・状況で説明コストが跳ね上がるのか、その具体を見ていきます。
参考文献
※1: Keysar B, Barr DJ, Balin JA, Brauner JS. Taking perspective in conversation: the role of mutual knowledge in comprehension. Psychol Sci. 2000. PMID: 11228840
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11228840/
人は会話のとき、相手が自分と同じ知識を共有していると思い込み、自分の視点を中心に解釈しやすいことを示した研究。
※2: Birch SA, Bloom P. Children are cursed: an asymmetric bias in mental-state attribution. Psychol Sci. 2003. PMID: 12741755
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12741755/
いったん何かを知ると、それを知らない相手の立場を想像しにくくなる「知識の呪い」を示した研究。
※3: Clark HH, Wilkes-Gibbs D. Referring as a collaborative process. Cognition. 1986. PMID: 3709088
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3709088/
何かを伝え合うとき、話し手と聞き手が協力して共通の基盤を築き上げていく、伝達の共同作業的な性質を示した研究。
※4: 養老孟司『バカの壁』新潮社, 2003, ISBN: 9784106100031
人が自分の理解の枠の外にあるものを受け取りにくくなる「壁」の仕組みを論じたベストセラー。
※5: 西林克彦『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』光文社新書, 2005, ISBN: 9784334033224
人が前提のずれに気づかないまま「わかったつもり」になってしまう仕組みと、その乗り越え方を解説した書籍。


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