「妄想」という言葉を聞いて、どんな印象を持ちますか。
「根拠のない思い込み」「現実から逃げた空想」「現実と直面することができない人がすること」。そんなイメージを持つ方が多いかもしれません。
この記事は、「妄想」を上手く利用して不安やストレスに対処するシリーズの序論です。このシリーズが整理しようとしているのは、妄想そのものではなく「消耗させる方向に向いた妄想」です。そしてその向け方を変えることで、同じ脳の働きが前に進む力になることをお伝えします。
「妄想」とは何か|根拠のない確信のこと
このシリーズで使う「妄想」は、臨床的な意味ではありません。「まだ確かめていないのに、そうだと確信している状態」のことを指します。
「あの人は私のことを嫌っているに違いない」
「どうせうまくいかない」
「自分だけ取り残されている」
これらは事実ではなく、脳が作り上げたシナリオです。証拠がないにもかかわらず、確信に近い感覚を持ってそれを信じ込んでしまう。これが「消耗させる妄想」です。
一方で、「この道でいける気がする」「きっとできる」「やってみたら何かが変わる」という根拠のない確信も、同じように脳が作り上げたシナリオです。こちらは「前に進める妄想」です。
構造は同じです。違うのは、向いている方向だけです。
頭の中に持つのは、できれば、前を向いて進める妄想の方が好ましいです。
消耗させる妄想の正体
消耗させる妄想には、いくつかのパターンがあります。
他者評価への確信的な妄想(「嫌われた」「変に思われた」)、
自己評価への確信的な妄想(「自分だけできていない」「どうせ認めてもらえない」)、
未来への確信的な妄想(「うまくいくはずがない」「失敗するに決まっている」)、
過去への確信的な妄想(「あのとき失敗した自分はダメだ」)、
比較への確信的な妄想(「みんなは前に進んでいて自分だけ遅れている」) など。
これらに共通しているのは、「まだ起きていないことを起きたこととして処理する」か「起きたことを最悪の意味で解釈して固定する」という点です。
心配癖がある人の深層心理で扱ったように、脳は「まだわからないこと」を放置するより、悪いシナリオを先に作ることでリスクに備えようとします。これは生存のための合理的な機能です。しかし現代の日常では、実際には起きない脅威に対して消耗し続けるという結果をもたらします。
思考の歪みがストレスを生み出す仕組みでも整理しているように、こうした思考パターンは「認知の歪み」として体系化されており、無意識のうちに繰り返されやすい特徴があります。
前に進める妄想の正体
では、前に進める妄想とは何でしょうか。
神経科学者タリ・シャロットの研究によれば、人間の脳には「楽観バイアス」と呼ばれる機能が備わっています。未来を実際より少しよく見積もる傾向です。これは単なる思い込みではなく、脳が進化の過程で獲得した適応的な機能です。楽観的なシナリオを描けるからこそ、人はリスクをとって行動し、困難に直面しても立ち向かうことができます※1。
根拠のない確信は、ときとして現実を動かします。
「この方向でいける気がする」という感覚が行動を生み、行動が経験を生み、経験が根拠を作る。自己効力感とは何かで整理したように、「できるかもしれない」という感覚が、実際に動ける自分を作っていきます。
起業家、アスリート、クリエイター。「まだ存在しない現実」を信じて動き続ける人たちの多くは、消耗させる妄想ではなく、前に進める妄想を意識的あるいは自然に使っています。
捉え方(二次感情)は、選べる
「感情は変えられない」と思っている方は多いかもしれません。でも、感情には2つの層があります。
一次感情は、出来事に対して即座に生まれる感情です。悲しい、怖い、腹が立つ。これは反射に近く、意志でコントロールするのは難しい。
二次感情は、その出来事をどう解釈するかによって生まれる感情です。「怖いけれど、やってみれば変わるかもしれない」と捉えるか、「怖いから、どうせうまくいかない」と捉えるか。これは、選ぶことができます。
岡崎かつひろは「いつも機嫌よくいられる本」のなかで、一次感情は変えられないが、二次感情(捉え方)は変えられると述べています※2。「機嫌よくいること」は才能ではなく、技術であるという視点です。どの妄想に乗るかを選ぶことが、その技術の中心にあります。
思い込みの「向き」が、停滞か前進かを分ける
池田貴将は「人生アップデート大全」のなかで、停滞の本質を「自分の本来の価値観とかけ離れた行動をとり続けること」と定義しています※3。その背景には、「自分にはこれしかできない」「今さら変われない」という思い込み(妄想)があることが多い、とも指摘しています。
消耗させる妄想に従い続けると、行動の選択肢が狭まります。前に進める妄想を育てると、行動の選択肢が広がります。
考えすぎて動けない理由で整理したように、脳が「危険だ」というシナリオを作り続けると、体は動けなくなります。妄想の向きが変わると、体が動き出すことがあります。
このシリーズの使い方
今回の「全ては妄想」シリーズでは、消耗させる妄想を5つの軸に分けて整理します。
1)対人妄想(「嫌われた」「変に思われた」)、
2)自己評価妄想(「自分はダメだ」)、
3)未来妄想(「どうせうまくいかない」)、
4)過去妄想(「あの失敗が頭から離れない」)、
5)比較妄想(「みんな前に進んでいる」)。
それぞれの軸で、「これは現実か、妄想か」を問い直します。消耗している感覚があるとき、自分がどの妄想にはまっているかを知るだけで、少し楽になれることがあります。
また、ネガティブな気持ちを推進力に変える方法で扱っているように、消耗する感情そのものを行動のエネルギーに変える視点もあわせて参考にしてみてください。
今日からできる小さな一歩
今日、頭の中にある「どうせ〜に違いない」という確信をひとつ書き出してみてください。
そして、その確信の根拠を問い直してみてください。そして、「それは事実か、それとも脳が作ったシナリオか」分類し直してみる。
答えは出なくていいです。「これは妄想かもしれない」と気づくだけで、確信の重さが少し変わります。それが、妄想の向け方を変える最初の一歩です。
まとめ
妄想は、消すものではなく向け方を変えるものです。
消耗させる妄想は、他者評価・自己評価・未来・過去・比較という5つの軸で繰り返されます。前に進める妄想は、楽観バイアスや希望といった、脳に本来備わっている機能から生まれます。
違いは構造ではなく、向きです。
一次感情は変えられなくても、捉え方(二次感情)は選べます。どの妄想に乗るかを意識するだけで、見える景色は変わり始めます。
このシリーズでは、消耗させる妄想を軸ごとに解体していきます。「自分はいまどの妄想にはまっているか」を知る地図として活用してください。
ちょっとした名言
ヘンリー・フォード
「できると思えばできる、できないと思えばできない。どちらにせよ、あなたは正しい」
Whether you think you can, or you think you can’t – you’re right.

参考文献
※1 Sharot T. The optimism bias. Curr Biol. 2011;21(23):R941-5. PMID: 21783029
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21783029/
楽観バイアスが人間の脳に進化的に組み込まれており、リスクをとって行動し困難に立ち向かうための適応的機能を持つことを論じた総説。
※2 岡崎かつひろ(2025)「いつも機嫌よくいられる本」すばる舎.
https://www.amazon.co.jp/dp/4799113925
一次感情は変えられないが二次感情(捉え方)は選べるという考え方を軸に、機嫌よくいることを技術として整理した一冊。
※3 池田貴将(2025)「人生アップデート大全|停滞した自分を変える66の習慣」ダイヤモンド社.
https://www.amazon.co.jp/dp/4478123853
停滞の本質を思い込みとかけ離れた行動の繰り返しと定義し、行動心理学ベースの習慣で前に進む方法を66の具体策でまとめた一冊。


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